子供の学力を徹底的に上げる家庭での子育てと教育の仕方(未就学までの)

国語の出来が他の教科に大きく影響する

英語の教科書ですら全て英語で書いてあるわけではありません。日本語で書いてあります。

理科も社会も数学も日本語で解説されています。

つまり日本語がきちんと扱えていない子は国語ができないので全科目において成績が低いということになってしまいます。

小学生までにどのような事に気をつけて子供と接すれば賢い子に育ってくれるでしょうか。

国語力は家族との有意義な会話の中で磨かれる

日本語は小学校に入ってよーいドンで学ぶものではありません。

お母さんのお腹にいる間から言葉を聞いているのです。

そして父母間での会話の多寡、子供との対話などが国語力を形成していきます。ですから家庭での会話が即子供の教育に繋がっています。

国語力をつけるための有意義な対話や会話というのは子供に自分で考えさせる質問をすることです。

私の父は教育的にはちょっと残念でした。「お父さんは○○についてこうこうこのように考えるけどお前はどう思う?」

父の説明が子供にとってはもう他に考えが浮かばないくらい長々とされてしまうのです。そして何も浮かばないから黙っていると「お前は自分の考えがないのか」と叱られます。馬鹿扱いです。

知識は大人の方が子供と比べ桁違いにあります。

ですから子供と教育的に対話する時は知識を小出しにして正解に導いたり、こちらの知識を出さずに質問したりと、子供に話をさせるようにすべきです。

人の話を聞かずに自分の話ばかりする人がいますが、あれを子供にやってはいけません。

人が話しているテーマを奪って自分の話にもっていく人もいますが、あれも子供にやってはいけません。

勿論大人にやっても嫌われるだけなのでよいことは何もありません。

子供が問いに対して自分で考えている様子や思考過程の成長を観察し、それを楽しめれば最高です。

家庭環境や親の学歴によって小学校1年の段階で出来る子と出来ない子は国語能力で大きく差がついているというのが真実です。

親のボキャブラリーが貧しいと当然ながら子の語彙力も低いです。全ての学力の元は国語なのですから、それが鍛えられていない状態では他の教科も頭に入りにくいです。

学力で一番強いのは疑問を持ち自ら考え問題解決する能力

小学校前に先取りで漢字や計算をしたり、ドリルをしたり公文にいくことではないのですね。

小さいうちから詰め込んでも伸びシロはありません。せいぜい小学生の時に他の子よりちょっと出来るくらいが関の山です。

疑問を持たせて考える癖をつけさせるために絶対やってはいけなことは過保護です。

我が子に痛い思いをしてほしくない!道路の石ころは転ぶ前にどけておきたい。親なら誰でもこのように考えますよね。

でも学力をつけて将来自分の力で立派に自立させたいなら間違った教育です。

1)転ぶ前に石をどける⇒子供は石の存在すらしらない。王様か!

2)あそこに石があるから気をつけてね⇒言われたことはする=自発的でない

3)転ぶのを大怪我しないように見守る⇒失敗を敢えて体験させている

3)が最も好ましいのは言うまでもありません。怪我を教訓とし、次の失敗を自ら避けられることが成長です。

祖父母と同居で甘やかされた孫は学力が低い傾向にある。

上で書いた(1)の石をどけまくる行為を率先してやってしまう祖父母は孫を甘やかしまくり自分で考えないお馬鹿製造機と化します。

老い先短く孫をペットのように可愛がり、学力を下げて自立できない状態にして無責任に死んでいきます。

(2)のあそこに石があるから注意してねと教える行為は知識を与えて体験をさせないものです。学習というものは知識ではなく体験とリンクすることで強烈に記憶に残ります。

特にその体験が失敗である場合、次同じ過ちを繰り返さないためにも自らの頭で考えます。

その機会を子供から奪ってはなりません。

かといって何でもかんでも失敗させればよいというものでは勿論ありません。大怪我をしそうなのを黙って見ていてはいけません。

大事に至らない許容範囲内の失敗であればどんどんさせてあげようということです。

また両親が忙しくおじいちゃんおばあちゃんに子育てしてもらっているお孫さんの語彙力の少なさも目立ちます。

これは孫可愛さから、孫の目線に立って孫にわかるような言葉を選んで接しているからと考えられます。

何事にも焦らずぼ~っとしている印象も祖父母の影響があるように思います。おっとりした性格はそれ自体悪いものでは全くありませんけれど、争いを好まないところは成績アップという面に限って言うとマイナスに働きます。

まあ五教科の勉強が過去の遺物になる可能性もあります。

国語で大切なのは出題者の意図を理解するとう残念なお知らせ

国語で高得点を叩き出す能力というのは、読解力もさることながら、出題者の意図を読み取ることも大変重要です。

問題文に引用された文章の著者の考えと問題の答えがたまにずれるのはこのことに原因があります。

超基本として出題に沿う答えを書かなければなりません。

このことすら知らない子が大勢いてびっくりします。

例えば理由を訊かれたのであれば文末を「~だから」とか「~のため」と答えないといけません。

それは他の教科でも同じ事ですが、テストの指示をきっちり守らないと完全正解とはなりません。

算数でもいつまでたっても単位を付け忘れる子は問題をちゃんと読む習慣がありませんし、あらゆることの指示が守れない子です。

学校教育の基本理念は指示を従順に守り国や会社の言うことを間違いなく実行できる人間作りです。

おおっぴらには言われていないですが、これが悲しい現実です。

ですからテストの成績のよい優等生は官僚になれたり、良い会社に入って高給をゲットできるわけです。

これからの時代はそうとも限りませんが、、。

テストの点が悪いことは指示を守らず人のいいなりにならない優秀な人間、とも逆説的には言えるのです。

だからって勉強できなくて良いわけではありません!

私は仕事でお勉強のできない中学生の生徒さんをたくさん見てきました。

少数の割り算ができない、漢字が読めない、語彙力がない、都道府県が覚えられない、計算でマイナスを付け忘れる、割合が理解できない、時差が理解できない、などなど。

こういうのって日常生活にも悪影響をもたらします。

因みにこの子達は少なくとも塾や家庭教師にお金を払ってくれる親御さんのおこさん達なわけでして、教育に一円も使わないお子さんで成績不良の場合はもう救いようがないほど学力で劣っているのです。

家に一切本がなかったり(親御さんも読書習慣がない)、塾に行かないにしても学習参考書の類がなかったり、対話による家庭教育をこれまでしてこず野放しで生きてきた子の学力は総じて低いです。

それを高校進学の時期にあわてて塾等にはじめて外注にだしたのでは時既に遅しです。よほど地頭の良い子でない限り成績は上がりません。

中学どころか小学校の中学年くらいからつまづいている子は中学の後半に塾に通いだしても本人に相当のやる気がないと遅れは取り戻せようはずがありません。

いままでのツケを中学三年時に塾にお金を払って全部返せるわけがありません。

しかしながらそのような親御さんに限って高い月謝を払っているのだからなんとかしろと喚きたてます。

今まで長年に渡りこつこつと頑張ってきた子、その子のために教育費をかけてきた家庭と同じ結果を1年未満で出せ!というのですから理不尽すぎますし世間知らずも甚だしいです。

こんなことにならないように未就学のお子さんを持つ親御さんは家庭のおこさんとの対話を大切にして、考える力のつくトレーニングをしてあげてください。

子供から会話を引き出す魔法の言葉

具体的に一つだけあげるとしたら、おこさんのお話をうけて「なぜ」という質問を多くすることです。

うまい返答でなくても、そうなんだと受け入れ別の角度からつっこみを入れたり理由を尋ねたりして話を広げてやります。

理由が思い当たらない場合は思いついたら教えてね!とかで対処します。

どんなことでも問答になります。好きなものを先に食べる派と残しておく派の違いとか。本人の好みの理由とそれを嫌いな子の理由も考えさせるとか。

自分の考えと他人の考えがなぜ違うのかを説明できるようになると自然と国語力も身につきます。

相手の気持ちを察することができるように育てば出題者の気持ちも察して点数が取れるようになります。

進研ゼミチャレンジ以外で小学校から始めたらよい通信教育の教材はこれです!